マラソンを始めることになったきっかけは、2007年に東京マラソンが開催されることが決まったことを知り、「マラソンの国際レースのコースになった東京の道を走りたい!」と思ったことがきっかけです。
ちなみに社会人になってから、大学の体育の時間以降はヨガ教室に行くこと以外に運動の経験はなく、長距離走といえば高校の運動会の1㎞走でダントツの最下位になったというトホホな経験しかありませんでした。むしろ生来お祭り好きであること、子どもの頃から男子や女子の国際マラソン、1991年の東京での世界陸上を沿道で応援していたことでこのような気持ちになったのです。
さて、東京マラソンに参加したいと思ったものの抽選になかなか当たりません…と、東京マラソン2012のEXPOにボランティアで参加した時に大阪マラソンのブースでチラシを頂き、東京ががだめなら大阪にもチャレンジだ!と応募したところ見事に当選(泣)。ここからわたくしのマラソンとのおつきあいが始まりました。
そこから約8年、トラックの5000mからフルマラソンまで様々なレースに参加しました。その中でも特に思い出に残るレースを挙げてみます。
①大阪マラソン2012
このレースでフルマラソンにデビューしました。噂通り30km以降は一気に身体ともにつらさが増し、最後は歩きながらも無事完走することができました。御堂筋を逆走できたり、あの急な傾斜の南港大橋の坂を上るのは実に楽しかったです。レース中、関西に住む友人たちが地下鉄に乗って追っかけて応援してくれて、ふらふらになった私をゴール前で迎えてくれたのも忘れられません。
②北九州マラソン2015
強風と格闘しながら走ったレースです。コース後半の門司からゴールの小倉まで、ホテルに帰ったら早々に暖かいお風呂に入ることしか考えていませんでした。そのおかげか、走るペースが上がって当時の自己ベストを更新することができました。ゴール前で憧れの有森裕子さんとハイタッチできたのもいい思い出です。
レースの前夜に夕食を食べに入った旦過市場の居酒屋さんで、店にいるすべてのお客さんの励ましを受け、北九州市民の皆さんの暖かさも感じました。中でも同じテーブルだった方が、友人も走るので応援に行くということでそのついでに私の写真を撮って応援うちわを作り、沿道に来て応援してくださいました。前述の寒さで、ゆっくりお礼ができなかったのが心残りであります…。
③名古屋ウィメンズマラソン2016
野口みずきさんのラストランとなったレース。5km過ぎで先頭の選手たちとすれ違ったのですが、沿道の観客からもコースのランナーからも野口さんへの盛大な拍手が起きました。アテネ・オリンピックでヌデレバさんとの白熱する争いを手に汗を握りながら観戦していたので、彼女の最後の花道を飾るお手伝いができて光栄でした。
このほか、残り1kmの上り坂を超えると熊本城の天守が見えてくるのが楽しかった熊本城マラソン2014、もともとは別の趣味で仲良くなった友人とリレーで参加してタスキをつないだ北九州マラソン2018、私設エイドの手厚さが後押ししてくれた2016おきなわマラソン、暑さにやられてDNF2回、いつか完走したい北海道マラソンとそれぞれのレースに思い出があります。
こうやって8年もマラソンを続けることができたのは、練習やレースで仲良くなったマラソンの友の皆さんの存在、レース中に一緒に走るランナーさんとのお話やエール交換、沿道の観客の声援のおかげです。走るだけでなくほかの方とのコミュニケーションが楽しい、これに尽きます。
さて、冒頭に書いた私がマラソンを走ることのきっかけとなった東京マラソンですが、連続当選13回を経て2020年のレースにやっと当選しました!!…ご存じの通り残念ながら一般ランナーは参加することができませんでしたが、繰越で参加できる次回か次々回の東京マラソンに向けて練習を続けてゆきます。
またみんながコースやトラックや沿道で楽しい時間を過ごすことができる日が来ますように。
※Noteに2020年6月11日に掲載した文章に加筆修正しました。2020年に参加することのできなかった東京マラソンは、繰越で2023年に参加することになりました。北海道マラソンは制限時間が長くなったので再挑戦したい…。